Photo: Yuki Katsumura   Text:Yasuhiro Yamanaka

明治維新において多くの維新志士を輩出した山口県。維新から150年経った2018年に、これからの日本の未来を担う子どもたちの教育のあり方に目を向ける囲碁棋士・愛好家たちが集まり、『囲碁を通じた教育維新を起こしたい』という想いから一般社団法人囲新プロジェクトが発足した。 そして、碁会所でも高齢化が進むなか、“子どもたちがもっと楽しみながら囲碁に触れられる機会を作る”という命題のもと、囲碁教室事業の構想がスタート。一般社団法人囲新プロジェクト、リバースプロジェクトの担当者が語る囲碁の未来とは。

牛山 翔太/うしやま しょうた

1991年東京生まれ。リバースプロジェクト プロデューサー。2014年明治学院大学国際学部国際学科卒業後、リバースプロジェクトに入社。代表的なプロジェクトとして全日本制服委員会、WORK4 BANGLAなどを担当。

國冨 和正/くにとみ かずまさ

1977年山口県生まれ。囲新プロジェクト専務理事。囲碁アマチュア四段。2001年琉球大学教育学部卒業後、上京。2012年山口県周南市にUターン。全国少年少女囲碁大会出場(山口県代表)。全国高校囲碁選手権大会個人戦・団体戦出場(山口県代表)。

地元にUターンして気づいた、
囲碁界が抱える問題

國冨さん(以下、國冨):僕自身、山口県周南市が地元で、小学校の頃から囲碁を習っていました。一度東京に出て仕事をした後、7年前にUターン。あるとき、僕の子どもが囲碁を始めたことをきっかけに碁会所に行ったら、先生方の面々が子どもの頃と全く変わっていないことに気がつきました。
幼い頃、僕がおじいちゃんだと思っていた人がまだ碁会所にいらっしゃったんですね。もちろん、お元気でいてくださることは嬉しいのですが、世代交代が全く行われていないことには危機感を覚えました。
堀本満成さんというプロ棋士や日本一の実績も持つアマチュアである小野慎吾さんが山口県から輩出されていることを知っていたので、早速彼らを集めて話し合いました。
彼らも今の囲碁界に対し危機感を感じており、囲碁を通して地元に貢献したい、子どもたちに囲碁の魅力を伝えたいという想いを持っていたので、ぜひ一緒に何かやろうという話に。
そしたら、こうした僕らの想いに共感した方々から多くのご支援をいただいて、あれよあれよという間に『囲新プロジェクト』と名付けたプロジェクトが始まっていったんです。

囲碁は“21世紀を生き抜く力”を養える?

牛山:元々別のプロジェクトでもご一緒したことがあった國冨さんから『プロ棋士を育てたいわけではなくて、囲碁を通じて様々な学びを子どもたちに提供したい。ただ、それをどんな風に形にしていけばいいかわからなくて…』というご相談をいただいたのが最初でしたよね。
ですが、私自身囲碁というものを全く知らなくて、まずはリサーチをすることから始めました。早速囲碁を打とうと思い、國冨さんから東京に『ひだまり』というカフェで囲碁が打てる素敵な場所があると聞いて打ちに行ったんです。そこで私が囲碁を体験して、「囲碁ってほんと頭使うな~」なんて実感していたんです。それで一度徹底的に囲新プロジェクトの皆さんがそれぞれ考えていることを深く伺ってみることにしました。
そこで出てきたのが、「思考力」「コミュニケーション力」「創造(想像)力」「忍耐力」の4つのキーワードだったんです。

國冨:牛山さんからは『なぜこの4つの力なのか?』ということを何度も聞かれましたよね。
4つの力は手段であって、目的ではない、という話もしました。
自分たち自身が今大きな時代の変革期の真っ只中を生きていて、仕事をしていても日々世の中の状況が変わり常識が通用しなくなってきていることを実感する中で、考えること、自分の考えを試すこと、人と協力することなどがこれからの社会で活躍する中で一番大切なことなんじゃないかという結論になりました。

牛山:現在はインターネットやAIが高度に発達し、誰もが情報を得ることが容易になったことで、『知っていること』のアドバンテージはほとんどなくなりつつあります。そんな時代の中では、情報や知識をどう応用するかという考える力が不可欠です。約30年の平成で、日本の産業構造が大きく変わりました。そんな時代を生きる子どもたちに必要とされるのは、情報をもとに考え、アウトプットすることです。一層複雑化する現代において、汎用性のある基礎能力を持っておけば、今後どのような時代になったとしても対応できますし、論理的な思考力やコミュニケーション能力などの”21世紀を生き抜く力”を子どもが遊びを通して学べるのは囲碁が最適だと僕は思います。

國冨:牛山さんが言った通り、論理力や思考力など、本当の頭の良さが身につく、というのが第一に挙げられます。実際に東北大学の川島隆太教授の調査でも子どもの教育に良いというデータが出ていますね。
囲碁というのは、最終的に一つでも陣地が多い方が勝ちというゲームなので、「ここは損してもいい」とか、「一見不利だけど、実は逆転の一手を仕込んでいる」というような展開が可能です。碁盤全体を俯瞰しながら必要条件を見つけ場合分けをするという行為は、非常に頭を使います。
また、囲碁というものは数学的なんです。一つでも陣地が多い方が勝ちなので、対局中に常に全体を見つつ、数字を数えているんですね。このような競技は少ないのではと思います。そういった点で見ても、囲碁から学ぶものは非常に多いと言えますね。

『いいいいい教室』。
斬新なネーミングの囲碁教室を開校

國冨:囲碁を若者や子どもに普及させる試みというのは、囲碁界でずっとできなかったことなんですね。だから、既存の枠の中で考えたくなかったんです。既成概念を変えられるようなインパクトが欲しいというオーダーをしていました。

牛山:正直、かなり難しかった(笑)。インパクト、つまり見た人が『なんだ?』と思って興味を持ってくれることが大事だと。
名前からあからさまに”囲碁”だとわかってしまうと、興味のない人はそこでもう興味を失ってしまう。だから、次のようなことを考えて設計をさせていただきました。
・一目では囲碁かどうかは伝わらなくていいが、知ると囲碁だときちんと理解できる
・教室という言葉を使って、学びの場であるということを端的に伝えられること
・「い」が5つ重なることで暗に囲碁を連想させる
・「いいこと」が断続的に続いていくことを連想させる
※ここでの「いいこと」とは、囲碁教室を通じて得られるさまざまな力を意味
しています。
・「い」は「I」でもあり、それぞれの「I(私)」を見つけてもらいたい
・ネーミングとして、目立つこと。堅くなく、流通しやすい名前である
・『い』を発音する際、自然と口角が上がり、笑顔になれる

などの意味が込められています。
やはり、言葉として広く認知していただきたいので、言葉が持つ意味以上に流通のしやすさを優先し、『いいいいい教室』を採用することになりました。

まるでそこはカフェ。
初心者のための空間づくりに徹底的にこだわる

國冨:『いいいいい教室』は、とにかく入りやすさを一番に意識しました。碁会所自体は全国にありますが、正直初心者はなかなか入れない雰囲気です。僕でも扉を開けた瞬間、おじいちゃんから、ジロって見られて、『本当に打てるの?』と聞かれるんですよ。日本全国大体そんな感じで。初心者が萎縮しちゃう雰囲気なんです。個人的にはこうした村社会的な空気が囲碁人口を圧倒的に減らした一因ではと考えています。
だから、今回の『いいいいい教室』には、むしろ初心者が来てくださいと伝えたいです。子どもはもちろん、大人の方も大歓迎。誰もが気軽に囲碁を楽しめる空間を目指しています。

また、伝統にも敬意を払いつつ、あえて碁盤“テーブル”を新しく作ったことで自由度に余白が生まれたと思うんです。ある意味、囲新プロジェクトのチャレンジを象徴するアイテムだと言えますね。
囲碁界にも気を使っていた部分もありましたが、先日この碁盤テーブルをSNSで発信したところ、世界的に拡散された上に、なんと現役でご活躍されている囲碁の先生にも好評をいただいたんです。これは嬉しかったですね。

牛山: 今回、碁盤テーブルだけでなく空間やロゴなどのデザインを担当してくれた栗原さんには、『これまでの囲碁の世界を参考にしなくていい』ということを伝えました。
さらに、敷居を低くするために、明るくてポップで洗練されたものを作ってほしいという結構無茶なオーダーしちゃって(笑)。
色々と堅苦しいことを話してはきましたが、結局のところ子どもは頭が良くなりたくて教室に来るわけではないですし、まずは囲碁が楽しいと感じてもらいたかったんです。

目指すのは、
“遊び場として”の囲碁教室

國冨:従来の「段」や「級」という評価基準ではなく、片付けができる、挨拶ができるなど、そういったものも評価基準とするつもりです。きっと親御さんにとっても、お子さんの成長を視覚的に実感しやすいと思いますし、囲碁を強くなることが目的ではないということも端的に伝わると考えています。
やはり、囲碁というものは、厳格な雰囲気の中で習うことが一般的なので、そこを変えたいですね。今後は試行錯誤を繰り返しながら、純粋に囲碁を楽しむ子どもたちの遊び場にしたいと考えています。

また、現在囲新プロジェクトには二つの軸があって、一つは『いいいいい教室』という活動と、小学校や養護施設などでの出張囲碁教室というボランティアとしての活動。それで囲碁の魅力をより多くの方に知っていただきたいです。囲碁という文化を根付かせたいという思いが個人的に強いので、世代交流による地域活性化はもちろん、「この街のこどもたちは全員囲碁が打てます」っていうところまでいければ嬉しいですね。今後も積極的に囲碁を広めていきたいと思います。

碁盤・空間デザインを担当

栗原 大夢/くりはら ひろむ

1988年東京都生まれ。2011年に武蔵野美術大学空間演出デザイン学科を卒業後、リーフデザインパーク株式会社に入社。インテリアデザイナーや家具デザイナーとしてのキャリアを積み重ねながら、アートワーク制作にも積極的に取り組み、リバースプロジェクトのさまざまなプロジェクトにも参画。

実は私も囲碁の経験は全く無いなかで担当させていただいたのですが、牛山さんもおっしゃったように、今回はデザインの点からも素人が関わることで生まれるイノベーションというものを実現できたと思います。
普段は商業空間デザインや家具デザインを担当しているので、これまで蓄積してきた“物を良く見せるスキル”は活かせたのではないかと。今回はそんな自分たちのアドバンテージを活かし、カフェのような気軽さとおしゃれさを演出しました。やはり、子どもが多く来るということで色味を明るくしたのもポイントですね。
床もその一つで、もともとはタイルカーペットが貼られていたところを木目調のシートを敷き詰め、比較的簡単な施工で済むように提案しました。碁盤テーブルも組み立て式に設計し天板と脚がバラバラになるので移動しやすいのと、誰でも簡単に持ち運べるで実用面にも適しています。

打ち合わせの段階で、テーブルの高さにもこだわりましたね。大人にも子どもにもちょうどいい高さの60cmに設定することで、世代を問わず使えるようにもしました。
また、碁盤の素材には建築建材になりづらい小径木を粉砕、圧縮したMDFというものを使っています。強度や耐久性もあり、比較的環境に優しい木材の一つです。今回は、環境問題の解決にも取り組むリバースプロジェクトとのお仕事ということで、素材レベルで配慮しました。今までの碁盤も伝統的という意味でも価値がありますが、今回の碁盤テーブルも別のベクトルで価値あるデザインプロダクトと言えますね。

一般社団法人囲新プロジェクト/いいいいい教室

有償のこども囲碁教室、おとな囲碁教室、さらに小学校や地域のコミュニティへの非営利な出張教室など地域への貢献を行いつつ、地域や行政と関わりながら子どもの心の育成に寄与できるような囲碁プログラム作りにも取り組む。

所在地 〒745-0033
山口県周南市みなみ銀座1-15 和光ビル2F
(徳山駅から徒歩約2分)
TEL 080-1944-1515
URL ishin-project.jp